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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)2299号 判決

東京都○○○区○○町○○住宅

原告 甲野花子(仮名)

右訴訟代理人弁護士 下光軍二

同都○○区○○○○丁目○○○○番地

被告 乙山太郎(仮名)

右訴訟代理人弁護士 有泉茂

右当事者間の昭和三五年(ワ)第二二九九号慰藉料請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し二〇〇万円及びこれに対する昭和三五年四月四日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

第一申立

(一)  原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

(二)  被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張

(請求の原因)

(一)  原告は昭和三三年三月二三日被告と結婚式を挙げ、肩書被告住所において同棲した。

(二)  原告は挙式一ヶ月後に被告に対し婚姻届出の手続を求めたが、被告は単に届出は急ぐことはないというのみでその手続をしなかつた。

(三)  被告は結婚三日目から外泊を重ね、毎晩のように酒を飲み歩き、午前一時か二時頃に帰宅することが珍らしくなかつた。そして時にはバーや飲屋の女給を自宅に連れてきて、被告の部屋に引き入れ酒をもてなし、聞こえよがしに大きな声で談笑し、原告が茶など運んで行くとわざと原告に対し嫌味をいつたり、原告が芸者にも劣るなどと妻である原告の体面にかかわる言動に出ることがあつた。

被告は就寝の床の中で原告に対し、あの芸者がうまかつた。この女が男の扱いが上手だなどと話し、あるいは夜中に電話で女と連絡して家を出、朝帰つて六人もの女性の処女を手がけたなどと話し、原告を侮辱した。

原告と結婚後被告が親しく交際していた女性は、原告の知つているだけでも銀座のバー「○○○」の○○、○○子、キヤバレー「○○○」の○○○○子、芸者と思われる○○○枝、○子などである。

(四)  被告の家は相当の資産家であるが、被告は、双方の話合で結納金はやり取りなしとし、原告に裸できてくれといいながら、嫁入道具や土産物については一々注文をつけるばかりか、結婚して新世帯をもつたのに生活費を出さず、原告が要求すると一年位の生活費は嫁入りのとき持つてきて出すものだとうそぶくので結局被告の父親に話して被告の給料三万八〇〇〇円から一万円を家計費に支出して貰うことにし、不足分は下宿人を置いて賄つた。

被告は所有物はすべて自室に入れ、鍵をかけて外出し、洗濯物の下着類を原告に渡すだけで、掃除も原告にやらせず自分でした。そして家庭で使う石けんまでも自室に保管して必要に応じ一個宛原告に手渡し、新聞も下宿人のを読めといつて取らせず、姙娠中絶の費用さえ支出を拒むので原告が負担しなければならなかつた。

それでいて被告は飲屋や他の女性に対しては湯水のように金を使い、銀座のバー「○○○」、「○○○」、赤坂の「○○」、料亭「○○」、「○○」、横浜の待合「○○○」、料亭「○○」、「○○○」、「○○○」、綱島の「○○○○」、神楽坂の「○○○○」、その他大森駅附近のバー飲屋などに出入りし遊興に耽つていた。

(五)  原告は昭和三三年四月姙娠し、始めてのこととて精神的に動揺していたが、つわりがひどいうえ、五人に増した下宿人の世話や広い屋敷(一四間)の掃除に心をつかい(被告は掃除には非常にやかましかつた)、被告が夜遅いので起きて待つているための寝不足もあつて、体が日に日に衰弱していつた。

然るに被告は原告がつわりで便所に入つていると、「飯を食わせない気か」とか、「ぐずぐずしないで何処かでおろしてこい」とかいい、一時手伝にきていた原告の母を「馬鹿な婆」と罵倒し、二階の壁をぶちこわす始末であつた。そしてその夜被告は「もう我慢ならない。別れよう」といい出したので身心ともに疲労した原告は同年五月一一日着のみ着のままで被告方を出て原告の妹の嫁ぎ先に身を寄せた。

原告は周囲の人のすすめで姙娠中絶をしたうえ被告のもとに帰つたが、その際被告は「もどる気なら絶対服従を誓え」「女中と思え、奥さんづらするな」「僕は君だけのものではない」などと広言した。

同年八月原告は二度目の姙娠をしたが、このときも被告は「お前には子は絶対産ませぬ」とか「他の女に子供ができたから引取つてくれ」などという始末で、已むなく同月末頃姙娠中絶の手術をしたが、その晩被告は外泊し、翌日の夜原告が拒むのに肉体関係を強い、このため原告は下腹部に激痛を覚え、発熱して手足の自由がきかなくなつたが、被告は冷淡な態度で「サラシでも腰に巻いておけ」というばかりであつた。

その後も被告は風呂の湯が少ないといつて客の面前で原告を突きとばし、深夜帰宅しながら自分より先に風呂に入つたといつてどなり、隣家のシエパード犬を座敷に上げて遊んだうえ原告にけしかけ、お盆に被告と原告の茶碗を一緒に乗せたといつてはどなる有様であり、更には「本を読むな。友達に会うな。映画に行くな。里に行くな。」などと繰返し強要した。

(六)  原告は被告のこのような虐待行為によつて精神的に打撃を受け、食事ものどを通らず夜は寝むれない状態になつたが、今後の夫婦生活について互に反省して話合うことを被告に提案しても被告はどれいのようになつて女中奉公するつもりでなければといい、原告が従来のようなことではいやだといえば、それでは別れようというのであつた。

そして同年九月二七日被告は別れるのなら早い方がよいといい、翌二八日原告の意思を全く無視し、勝手にトラツクを頼み、原告の所持品を積み込んで否応なしに原告を追出してしまつた。

(七)  従つて被告は何ら正当な理由なくして原告との内縁を破棄したものであつて、これにより原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

しかして被告所有名義の不動産はないが、被告の父○○○○○は古くから金融業を営む有名な資産家であり又手腕家であつて金融業の関係上実質的にはその所有である相当の不動産を会社名義又は他人名義にしているもので、被告も又同様にその所有不動産を自分名義としていないだけである。

なお被告の父は○○区○通りにおいて○○ホテルを経営しているほか、○○企業有限会社、○○○○株式会社、○○合資会社、○○○合資会社などの役員をしており、被告は現在○○○○株式会社の専務取締役をし、一ヶ月数万円の収入を得ている。従つて原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇万円をもつて相当とする。

(七)  よつて原告は被告に対し慰藉料二〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三五年四月四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

請求原因(一)の事実は認める。

同(二)の事実は否認する。

同(三)の事実のうち、被告には飲酒の習慣があり、帰宅が深夜に及ぶことがあること、時にバー飲屋の女給を自宅に連れ戻り接待したこと、原告主張の女性と被告との間に交際があつたことは認め、その余の事実は否認する。

同(四)の事実のうち、被告の給料三万八〇〇〇円のうち、一万円を家計費として支出したこと、被告は自室に鍵をかけて外出することは認め、その余の事実は否認する。

同(五)の事実のうち、原告が昭和三三年五月一一日被告方を出たことは認め、その余の事実は否認する。

同(六)の事実のうち、原告が同年九月二八日被告方を出たことは認め、その余の事実は否認する。

同(七)の事実のうち、被告の父○○○○○が金融業を営むことは認め、被告及び○○○○○の財産状態地位などは知らない。その余の事実は否認する。

同(八)の事実は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

(一)  原告は昭和三三年三月二三日被告と結婚式を挙げ、肩書被告住所において同棲し、内縁の夫婦となつたことは当事者間に争がない。

(二)  原告は、被告が正当な理由なく原告との内縁を破棄した旨主張するので判断するに、≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

(1)  原告は被告と結婚して肩書被告住所において被告と先妻○○代との間の子である○○○○○(当時五年)と同居し、家事に専念してきた。

(2)  被告は結婚当時○○○○○○株式会社を経営していたが、結婚三日後から外泊し、以後家庭を顧みずに飲酒遊興に耽けり、銀座のバー「○○○」、赤坂の「○○」、料亭「○○」、「○○」、横浜の待合「○○○」、料亭「○○」、「○○○」、「○○○」、綱島の「○○○○」、神楽坂の「○○○○」などに出入りし、再三女給、芸者などを自宅に連れ込んで遊びたわむれ、原告をこれらの接客婦と対比して事毎に「芸者にも劣る、商売女の方が男の扱いがうまい」などといつて侮辱した。そのうえ被告は昭和三一年頃銀座のバーで知り合つた○○○子と情交を結び、原告と結婚後も○○○子には「原告とは事情があつて仕方なしに結婚したがすぐ別れるから」といつて同女との情交関係を継続していた。

(3)  このように被告は自ら享楽に耽りながら、家庭においては何事につけても極めて厳格で原告に対し絶対服従を強い、自室には錠をかけて外出し原告も近附けず、「生活費は私が心配するというものだ」といつて生活費すら原告に渡さず一方石けんも自分で保管して必要に応じ原告に渡し、新聞の購読を禁じて下宿人の購読している新聞を原告に読ませるなどした。又被告は病的な潔癖性で常に家中を清潔にしておくよう要求し、原告の掃除整頓の仕方が気に入らないといつて原告を叱責することが多かつた。

(4)  このため原告は被告の両親に頼んで被告の月給から一万円を受取つたが、これも続かず、結局家計費はすべて下宿人を置いて賄つてきた。然し原告は被告の機嫌を損なわないよう広い屋敷(一四間)の掃除整頓、○○の身辺の世話(原告は○○の面倒をよくみ、○○も原告を慕つていた)、更には深夜帰宅する被告の世話などに気を配つて疲労が重り、昭和三三年五月姙娠して悪阻に苦しんでいた際も被告は姙娠を喜ばず、かえつて家事を怠つていると非難し、「経済的に今生む段階ではない」などといいながら享楽的な生活態度を改らためないので、身心とも疲れ果てた原告は同月一一日被告方を出て○○の姉の家に身を寄せた。そして原告は姙娠中絶をした後同年七月一〇日頃被告方に戻り、同年八月二度目の姙娠をして再び中絶したが、中絶直後から休養をとることも許されずに家事に専念しなければならなかつた。このようなことから原告は将来を案じて被告に今後の生活のあり方について相談し被告の反省を求めたが、被告は「自分に絶対服従しろ、自分に反対するなら親でも妻でも捨てる」といつていささかも反省しようとしないので、原告は被告との共同生活に耐え切れなくなり同年九月末頃被告方を出た。その後原告の兄○○○○らが仲に入つて話合いをしたが、既に被告に原告と結婚生活を継続して営む意思がなく、そのため話合いはまとまらなかつた。

以上の事実が認められ、≪証拠省略≫中右認定に反する部分は措信し難く、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。

(三)  以上の認定事実によれば、被告は原告と内縁関係に入つた後も他の女性と情交関係を継続し、原告との家庭生活を顧みずにバー、待合、料亭などにおいて飲酒遊興に耽り、しかも家庭にあつては原告の立場を理解することなく原告に対し絶対服従を強いて精神的苦痛を与え、その結果原告をして被告との共同生活を耐え難いものにさせて原被告の事実上の婚姻生活を破綻させるに至つたものである。

従つて被告はこれにより原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき義務がある。

(四)  そこで慰藉料額について考えるに、≪証拠省略≫によると、原告は大正一五年九月一日生れで○○女学校卒業後○○学院女子専門部を中退し、被告との婚姻は初婚であること、被告は昭和三年五月五日生れで○○大学経済学部卒業後元農林大臣○○○○の秘書などを勤め、原告と結婚当時○○○○○○株式会社を経営し、現在は父○○の主宰する○○合資会社(不動産業、金融業、○○ホテル経営)の専務取締役の地位にあり月収八万円余を得、その所有不動産は存しないが、父○○は莫大な資産を有する実業家であり生活費は父から援助を受け、月給は全額小遣に費消していること、被告は昭和二七年七月○○○代と婚姻の届出をし、同女との間に長男○○が出生したが昭和二九年四月協議離婚の届出をしたこと、以上の事実が認められ、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はなく、これに前記認定の原告と被告との婚姻生活の状況及びその破綻の事由その他諸般の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇万円をもつて相当とする。

(五)  従つて被告は原告に対し慰藉料二〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三五年四月四日より右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中宗雄 裁判官 竹田稔 裁判官 岡崎彰夫)

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